Type of Project : Recording Studio
Location : Sendagi,Tokyo
Area : 45.8 Sqm
Construction : PLANNING ROOM YOKOHAMAAcoustic Engineering
Photo : Tsuyoshi Kojima



日本の音楽スタジオの未来の古典とはなにか。

サウンドディレクター/作曲家/選曲家/プロデューサー/DJとして多岐にわたり国内外で活躍するクライアントのための、45.8㎡のミニマムな音楽スタジオの設計である。昨今までの音楽スタジオのあり方は、音に関わる機能や音楽機材に注力するため、空間としては近似しているものが多く見受けられた。本スタジオでは今までの有り様を再定義するところからはじまる。

文京区千駄木5丁目にある動坂は、江戸時代初期の万行上人がこの坂下に庵を設け不動明王像を安置すると、不動明坂と呼ばれるようになり、その後「動坂」と省略され定着した。本物件は、江戸の人々から信仰を注がれた江戸五色不動のうちの1つ、目赤不動にあたる天台宗南谷寺からのびる動坂沿いに位置している。南谷寺が創建された元和元年1614年よりもっと前から、脈々と日本の美意識に根付いている簡素さと、枯高の美に立ち返りプロジェクトを進めた。

JAZZY HIPHOPは紛れもなく日本で確立されたジャンルである。クライアントの質朴さと聡明さは類をみず、無駄な装飾品をつけることはない。空間へも装飾性を可能な限り削いでいるのは、簡素である古来からの日本の美意識を継承しているからである。RCA 44-BXのリボンマイクやARP 2600のシンセサイザーなど、1950年代以後に製造された音楽機器は形や響きが独自性を持ち、最新機器とはひと味異なり枯れ長けた強さを感じる。ミーティングテーブルには神代楡を使用している。数百~千年間、火山灰の中に埋もれていた楡の木は、石炭水が浸透し時間をかけて変色したものを神代楡と呼ぶ。辺芯材ともに黒ずみや油気がなく枯淡で、生木とは異なる深い味わいが出る。勿論コントロールルームでは最高峰のスピーカーIB1S-AIIIを内蔵、化学的な素材も使用しているが、建築資材と音楽機器の位置づけや共通点は思いのほか多い事がわかる。

ミーティングルームに付いた2つの小さな北窓。直射日光の入らない柔らかな光に照らされる空間は茶室のようでもあり、無数のレコードと神代楡は神秘性と歴史を感じる。等間隔に落ち窪んだ壁一面に収まった数千枚のレコードの姿は、見る間に音の叡智を体感する。遮音のため窓を取付けられないコントロールルーム/ブースには、根津神社の千本鳥居が立ち並ぶように、拡散壁を連続させ儀式的な奥行きを与えている。対をなす吸音壁は柔らかく、また少し光沢のあるファブリックを巻き落ち着きと滲み出る強さをもたらす。西洋で石は永遠の象徴であるが、今回床材として使用した大谷石は石質が柔らかいため緩やかに朽ちてゆく。その特性を活かし音を吸収し吸音材としての役割を担う。利休鼠色の壁は、茶の湯の文化を広め古典となった千利休の思想に則っている。幕末に作られた信楽焼の茶壺には雲竜梅が活けてあり、枯高さの象徴であり、静謐に立ち上る力を感じさせる。1927年マルセル・ブロイヤーによってデザインされたトーネット社のS32V。1本のスチールパイプを曲げ、座と背を取付けた単純な作りだが、黒いフレームと籐により空間のバランスが整う。天板との相性の良い木製脚部は、古道具商に制作依頼をした栗の木を鉄染めしたものである。山梨のクルミの樹皮で簡素に作られた籠は、独特なフォルムと森に生えている木からそのまま剥ぎ取ったような素材の表情が特徴。

多様な音楽家たちが訪れ、新たな音楽と歴史が生まれ、古典として語り継がれる。

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